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Blogヒーラー日記
結局は何事も「練習」だよな、と改めて思う日々です。
練習という言葉はほかにも、「実践」「レッスン」「コミットメント」「トレーニング」「修行」に置き換えてみてもらっても良い。
でもよい意味の軽さを表したいのと、毎日淡々とただやるというニュアンスを表したいので、「練習」という言葉を取ろうと思います。
瞑想もヒーリングも練習。
私の場合・・・エレクトーンも練習、絵画も練習、禅の体操をやるのも練習、お茶を入れるのも練習、生活も練習、なんならゲームすら練習の感覚もある。
(木炭デッサン練習中)
練習というエネルギーが私は好きだ。
コミットメントしていることにより、腰が入っている感じがする。
丹田にパワーがある感じともいえるかもしれない。感覚です。
そして、この練習ということは、
スピリチュアル(精神世界)の探究において必須事項な気がする。
スピリチュアル(瞑想やヒーリング)をやる人は、
瞑想やヒーリングの練習が大事だよ、という話じゃないんです。
スピリチュアル(瞑想やヒーリング)をやる人は、
瞑想やヒーリングの練習はもちろん、生活の中のあらゆることで練習が大事だよ、という話です!
つまり、
どんな分野のことでも練習をすると、腰が入り、丹田の力がみなぎります。
これがスピリチュアルのエネルギーにつながるんです。
別の言葉で表すと、「主体性」。
自分こそが神である、とか
自分がこの世界を作り出している、とか
そういうことがわかるエネルギーになっていく。ってことです。
これは完全に私の感覚ですが、確信をもって実感していて、断言できます(^^)
練習する、ということは、軽くありながらも、主体性がみられるエネルギーです。
そして淡々としていて、深く考えず、ただ、実践している感じ。
超重要なエネルギーだと思います。
スピリチュアルを探究するにおいてさらに朗報なのが、
瞑想とかヒーリングといったスピリチュアル分野の練習じゃなくてもいいってこと。
お茶を入れることも、探究につながるんですね。
一杯のお茶を丁寧に入れるだけでも、腰が入る。エネルギーがみなぎる。
なんでかというと、練習なので、うまくなるために、真剣に丁寧にやるからです。
心を込めてするということは、エネルギーそのものです。
それを日々、淡々とやる。
・・・なんにしても、練習できるかどうか?だけが、問われていると思います。
追伸:
ここでいう練習はエゴの思うような「まだまだだから練習する」という途上段階・・的な練習ではなく、すでに完結しているという真実の観点においての、練習です。だから、ただ、淡々と、なのです(^^)