意識の目覚めを促すスピリチュアル「ヒーリングセッション」。宇宙創造主とつながり本当の自分を思い出す瞑想テクニック「シータヒーリング(R)セミナー」を開講中。オンラインで全国・世界各国から受講可能です。
子供のころから和菓子も好きなのですが、同時に「紅茶」も好きで、愛飲しています。
だいたい午前~お昼の部に紅茶を飲み、午後以降に日本茶を飲むことが多いです。
紅茶となると、やはり洋菓子やパンを合わせたい。基本はチョコレート・洋菓子を食べるのですが、時々パンとチーズ。
おそらく私はそこそこ美食家なので、おいしいパンやチーズもたくさん常備している。しかし、体との相性が最低最悪で胃腸の調子がすぐに悪くなります。
パンの小麦粉はアレルギーではないのですが、それより乳製品が体に合っていないんだと思います。
(この辺は、シータヒーリング®のインチュイティブ・アナトミーでも再三でてくるお話し。)
今書いていても思ったのですが、食事って「趣味・娯楽」ですね。
クリアリングが進むごとに、どんどん食事が単に趣味、娯楽になっていくようにも思う。
食事でエネルギーを摂取してなんとか体に力をつけて、体のエネルギーを使用して頑張って生きていかなくてもよくなるからだと思います。
なので究極は創造主(神)目線では、好きなものを好きな時に食べる。
これでいいわけです。が、
それは体をおざなりにする、いい加減でいい、ということとは違う。
(エゴに任せて好き勝手していい、ということではないわけです。)
私の例でいうと、合わない食品であるチーズ・・
本当の究極の創造主目線ではチーズも食べてもいいのですが、肉体レベルでは体との相性がよくないので、
そこまで含めた総合的・現実的な創造主目線では・・・「週1・2」くらいが適量だと思っています。
さらにクリーニングが進んで(瞑想が深まって)いくと、チーズをほとんど食べたい、おいしいと思わなくなるのかも?しれませんが。いやいや、おいしいですね。
今後も全然おいしいでしょ~。
いまは「パンとチーズを食べたい」ということが起きているので(※重要ポイント)、体さんのことも尊重しつつ、良いバランスで食べていきたいと思います。
しかし今週は、週4で食べたから、おなかが張りすぎ。
結局は何事も「練習」だよな、と改めて思う日々です。
練習という言葉はほかにも、「実践」「レッスン」「コミットメント」「トレーニング」「修行」に置き換えてみてもらっても良い。
でもよい意味の軽さを表したいのと、毎日淡々とただやるというニュアンスを表したいので、「練習」という言葉を取ろうと思います。
瞑想もヒーリングも練習。
私の場合・・・エレクトーンも練習、絵画も練習、禅の体操をやるのも練習、お茶を入れるのも練習、生活も練習、なんならゲームすら練習の感覚もある。
(木炭デッサン練習中)
練習というエネルギーが私は好きだ。
コミットメントしていることにより、腰が入っている感じがする。
丹田にパワーがある感じともいえるかもしれない。感覚です。
そして、この練習ということは、
スピリチュアル(精神世界)の探究において必須事項な気がする。
スピリチュアル(瞑想やヒーリング)をやる人は、
瞑想やヒーリングの練習が大事だよ、という話じゃないんです。
スピリチュアル(瞑想やヒーリング)をやる人は、
瞑想やヒーリングの練習はもちろん、生活の中のあらゆることで練習が大事だよ、という話です!
つまり、
どんな分野のことでも練習をすると、腰が入り、丹田の力がみなぎります。
これがスピリチュアルのエネルギーにつながるんです。
別の言葉で表すと、「主体性」。
自分こそが神である、とか
自分がこの世界を作り出している、とか
そういうことがわかるエネルギーになっていく。ってことです。
これは完全に私の感覚ですが、確信をもって実感していて、断言できます(^^)
練習する、ということは、軽くありながらも、主体性がみられるエネルギーです。
そして淡々としていて、深く考えず、ただ、実践している感じ。
超重要なエネルギーだと思います。
スピリチュアルを探究するにおいてさらに朗報なのが、
瞑想とかヒーリングといったスピリチュアル分野の練習じゃなくてもいいってこと。
お茶を入れることも、探究につながるんですね。
一杯のお茶を丁寧に入れるだけでも、腰が入る。エネルギーがみなぎる。
なんでかというと、練習なので、うまくなるために、真剣に丁寧にやるからです。
心を込めてするということは、エネルギーそのものです。
それを日々、淡々とやる。
・・・なんにしても、練習できるかどうか?だけが、問われていると思います。
追伸:
ここでいう練習はエゴの思うような「まだまだだから練習する」という途上段階・・的な練習ではなく、すでに完結しているという真実の観点においての、練習です。だから、ただ、淡々と、なのです(^^)
昨日、「人形町の和菓子巡りⅡ」を雨の中一人でしていて、まさに人形焼きを買わんとレジでお金を払っているときに後ろから・・・
「あやなさん!」
と聞こえたので振り返ったら、お客さま(シータ受講生さん)がいて超びっくり。
しかもその方は東京の方じゃないし・・・!
ハイテンションで盛り上がってしまった。
いやあ、すごい偶然だな。
和菓子を買うところを見られたのもウケる。けけけ、です。
しかし和菓子に、天ぷらやそば、つけもの、せんべい、寿司、と江戸の町は楽しいですね。
いずれ下町に引っ越して、そこでサロンをやるか。
それか鎌倉の、2択だな。
あるいは飛んで奈良。
文化歴史があるところ×私の好みです。
なんで私は新興住宅地の多摩なんていう歴史のないところに生まれたんだろう。チッ
それで昨日は和菓子もいろいろ買ったけど、夜食べる用で志乃多寿司と、今半のメンチカツとすき焼きコロッケも買った。
おいし~~っ。
まさに今年の大河『べらぼう』にも直結する江戸文化です。
べらぼう1話で出てきた江戸の料亭「百川」も気になる。
ぺんぎんさんに紹介されて読んでいる江戸大河漫画『風雲児たち』にも「百川」は出てくるんですね。
なんと黒船ペリーの饗応のときに、幕府が料亭百川の料理をふるまった。
べらぼうの中では、吉原や、老中田沼意次のなんかの会の仕出し弁当で出てきてた。
作品の中でこういう文化をうかがい知れるというのは非常に楽しい。
(ま、百川はもう今は存在しないのですけれど。)
文化を楽しむことがしたくて、そもそも和菓子が好きなのだとも思う。
本当の私のニーズは、文化なのです。
いやそれは私だけにとどまらず、本来人間は、文化を楽しみたいはずだと思うのです。
それが豊かさ、ですから。
そしてそれがゆっくり味わい感じること、脳波でいうアルファ波やシータ波につながってくる。
文化がないと、人生はサバイバルで生き抜くことで一杯の、味気・色気のないものになってしまう。
脳波でいうとベータ波。
とこの話は語ってしまうのでストップ。
・・・
▼YouTube更新しました。
スピリチュアルに生きることとは・・・岡本太郎や猫を例に話しています。